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東京高等裁判所 昭和53年(行コ)89号 判決

茨城県日立市東金沢町一丁目九番一二号

控訴人

株式会社 泉製作所

右代表者代表取締役

坂井康亨

右訴訟代理人弁護士

浅見敏夫

中村尚彦

被控訴人

日立税務署長

内田稔

右指定代理人

布村重成

三宅康夫

柴一成

江口育夫

右当事者間の昭和五三年(行コ)第八九号法人税額等更正処分取消請求控訴事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が控訴人に対しそれぞれ昭和四四年八月三〇日付をもってした控訴人の昭和四〇年九月一日から同四一年八月三一日までの事業年度の法人税についてした更正のうち、所得金額六六七万三七六八円を超える部分及び控訴人の昭和四一年九月一日から同四二年八月三一日までの事業年度の法人税についてした更正のうち、所得金額二八八六万七一一二円を超える部分をいずれも取り消す。

3  訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

との判決

二  被控訴人

控訴棄却の判決

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  控訴人は、株式会社日立製作所(以下、単に「日立」という。)の下請会社で、金属製品製造及びこれに附帯する一切の事業を目的とする会社であるが、昭和四〇年九月一日から同四一年八月三一日まで(以下、「昭和四一年八月期」という。)及び昭和四一年九月一日から同四二年八月三一日まで(以下、「昭和四二年八月期」という。)の各事業年度(以下、両年度を併せ、「本件各事業年度」という。)の法人税について、控訴人のした確定申告、これに対し被控訴人がした各更正及び審査請求に対し国税不服審判所長がした裁決の経緯は別表(一)、(二)のとおりである。

2  しかしながら、被控訴人のした各更正(昭和四一年八月期分については再々更正、同四二年八月期分については更正。いずれも審査裁決によって維持された部分。以下「本件各更正」という。)は、次に述べるとおり違法であるから、控訴の趣旨2掲記の限度でその取消しを求める。

(一) 控訴人はかねて被控訴人により申告書を青色の申告書により提出することの承認を受け、本件各事業年度の確定申告も青色の申告書をもってしたところ、課税標準を更正した本件各更正に係る更正通知書には更正の理由が附記されていない。

(二) 本件各更正には、控訴人の所得金額を過大に認定した違法がある。

(1) 昭和四一年八月期分について

控訴人は以下述べるとおり本事業年度において金一七五一万〇九六四円の貸倒金を生じ、右は損金に計上されるべきにかかわらず、被控訴人はこれを損金に計上していない。

被控訴人において控訴人が昭和四〇年八月期に控訴人の代表取締役坂井康亨に対し貸付けたものと認定している貸付金のうち金一三〇〇万円は、控訴人が日東工業株式会社(以下、「日東工業」という。)及び株式会社坂井鉄工所(以下、「坂井鉄工所」という。)に対し貸付けたものであり、昭和四一年八月期の期首には右貸付金債権を有していたところ、昭和四〇年九月日東工業が、昭和四一年一月坂井鉄工所がそれぞれ倒産し、無資力となったため、右債権は回収不能となった。

被控訴人において控訴人が本事業年度に右坂井康亨に対し貸付けたものと認定している貸付金のうち金四五一万〇九六四円は、控訴人が本事業年度において、日東工業倒産のため同社の田中康嗣に対する債務金三八一万〇九六四円を保証人として弁済し、また坂井鉄工所倒産のため同社の松山某に対する債務金七〇万円を保証人として弁済したことにより、当時右両社に対しそれぞれ取得した右同額の求償債権であり、各倒産によりいずれも回収不能となった。

(2) 昭和四二年八月期分について

被控訴人において控訴人が本事業年度に右坂井康亨に対し貸付けたものと認定している貸付金のうち金一六九万六四四二円は、控訴人が本事業年度において、日東工業倒産のため同社の田中康嗣に対する右金額の債務を保証人として弁済したことにより、当時同社に対し取得した右同額の求償債権であり、右倒産により回収不能となり、本事業年度において右同額の貸倒金を生じたから、右は損金に計上されるべきにかかわらず、被控訴人はこれを損金に計上していない。

二  請求の原因に対する答弁

請求の原因1の事実は認める。同2の(一)の事実中控訴人がかねて青色申告の承認を受けていたこと及び本件各更正に係る更正通知書に更正の理由が附記されていないことは認める。同2の(二)の事実中被控訴人が控訴人の本件各事業年度の所得金額を算出するに当たり、控訴人主張の各事業年度においてその主張の各金額の貸付金を控訴人の坂井康亨に対する貸付金と認定していること、日東工業及び坂井鉄工所がそれぞれ控訴人主張の日時に倒産し、無資力となったこと並びに控訴人主張の損金計上をしていないことは認めるが、所得金額過大認定の主張は争う。

三  被控訴人の主張

1  更正通知書の理由附記について

被控訴人は昭和四四年七月一八日付をもって本件各事業年度につき青色申告の承認を取り消したから、控訴人提出に係る本件各事業年度の確定申告書は青色申告書以外の申告書とみなされ、その更正に係る更正通知書に理由附記の必要はない。

2  本件各事業年度の所得金額は、別表(一)、(二)の審査裁決の所得金額欄記載のとおりの金額である。控訴人主張の各損金計上はされるべきではない。

(一) 控訴人の主張する日東工業及び坂井鉄工所に対する貸付及び両社の債務の弁済は、いずれも控訴人主張の各事業年度に控訴人の代表取締役坂井康亨が控訴人の簿外資金からその主張の金額の金員を流用して、右坂井康亨個人として行なったものであり、同人の右所為は取締役の忠実義務(商法第二五四条ノ二)に違背し、右流用と同時に、控訴人は同法第二六六条第一項第五号により坂井康亨に対し各流用額と同額の損害賠償請求権を取得したから、被控訴人は前記各所得金額を算出するに当たり、これを流用の行なわれた各事業年度における坂井康亨に対する貸付金として資産勘定に計上したものである。したがって日東工業及び坂井鉄工所の倒産によりこれらが貸倒金となるいわれはない。

(二) 仮に、日東工業及び坂井鉄工所に対する貸付並びに右両社の債務の弁済が控訴人の行為としてされたとするならば、右貸付及び弁済は控訴人の事業目的外の行為であること、その当時両社は倒産寸前ないし倒産後で貸付金債権及び弁済による求償債権は回収不能となることを坂井康亨において予見し、又は予見し得たこと並びに両社の倒産は控訴人の営業活動になんら支障がないことからして、右貸付及び弁済は、控訴人の代表取締役坂井康亨が控訴人に対する忠実義務に違背してしたものといわざるを得ず、貸付金債権及び求債債権が貸倒れとして回収不能となったことにより控訴人にこれと同額の損害を負わせたのであるから、同人は、商法第二五四条ノ二、第二六六条第一項第五号に基づき控訴人に対し同額の損害賠償責任を負うことになる。このように、控訴人は右貸倒損失の発生と同時にこれと同額の損害賠償請求権を坂井康亨に対し取得しているから、結局被控訴人の認定した本件各事業年度の所得金額に過大認定の違法はない。

四  三に対する控訴人の認否及び反論

1  被控訴人が昭和四四年七月一八日付をもって本件各事業年度につき青色申告承認の取消処分をしたことは認めるが、その通知書には取消理由として「法人税法第一二七条第一項第三号に掲げる事実に該当すること」とのみ記載され、取消処分の基因となった具体的事実が明示されていなかったから、右通知書は法人税法第一二七条第二項所定の理由附記の要件を欠き、右処分は重大明白な瑕疵があるものとして無効である。

2  控訴人がした日東工業及び坂井鉄工所に対する貸付並びに右両社の債務の弁済が、坂井康亨の控訴人に対する忠実義務に違背してなされたとの被控訴人の主張はこれを争う。のみならず、控訴人の実質的な株主は坂井康亨一名のみであり従って同人の本件各所為は実質的な総株主の同意の下にされたのであるから、商法第二六六条第四項の趣旨からして、控訴人は右坂井康亨に対し損害賠償請求権を有しない。

五  四に対する被控訴人の認否及び反論

1  青色申告承認の取消処分通知書に附記した理由が控訴人主張のとおりであったことは認めるが、以下述べるとおり右瑕疵は重大でもなく明白でもない。

(一) 控訴人及び控訴人代表者坂井康亨は、偽りその他不正の行為により法人税を免れたとして、昭和四一年八月期から同四三年八月期までの三事業年度の調査を受け、昭和四三年八月期の事業年度について起訴され、坂井康亨が控訴人の業務に関し法人税を免れる目的をもって架空仕入の計上などにより簿外預金を設定し、期末棚卸の一部を除外するなど不正な方法により所得を秘匿したとして、昭和四六年三月二〇日水戸地方裁判所において両名とも有罪の判決を受けているのであるから、控訴人は取消処分通知書に取消処分の基因となった具体的事実が明示されていなくとも、その具体的内容を十分把握できたと考えられるから、仮に右通知書の理由附記の点に瑕疵があったとしても重大なものとはいえない。

(二) 右取消処分が行なわれた昭和四四年当時は、その通知書に取消処分の基因となった事実を具体的に明示することを要するか否かにつき裁判例も分れていたのであるから、右事実を具体的に記載しなくても明白な瑕疵があるとはいえない。

2  日東工業及び坂井鉄工所に対する貸付並びに右両社の債務の弁済当時、これをするにつき総株主の同意があったとの事実は否認する。仮に右同意があったとしても、それは右貸付及び弁済をするについての同意であるから、商法第二六六条第四項の同意ということはできないし、また、右条項による放棄は事前にすることはできないから、右同意は取締役に対する損害賠償請求額が発生した後にされたものでなければ、その効力を生じない。

仮に、商法第二六六条第四項により坂井康亨に対し免除がされたとするならば、右は控訴人がその代表取締役坂井康亨に対し経済的利益を供与したものであり、右供与は臨時的にされたものであるから、右坂井康亨に対する賞与というべきところ(法人税法第三五条第四項)、役員賞与は法人税法上所得金額を計算するうえで、損金の額に算入されないこととなっているから(同法第三五条第一項)、右免除額は損金に計上することはできない。

第三証拠

一  控訴人

1  甲第一、第二号証の各一ないし四、第三、第四号証、第五号証の一ないし七を提出(第四号証は写をもって提出)

2  原審証人田中米子、同金村泰龍、同季三俊、同坂井善一、同坂井すみ江、同中村政一、同藤田友蔵の各証言並びに原審及び当審における控訴人代表者本人尋問の結果を援用。

3  乙第一一ないし第一四号証の成立は知らない。その余の乙号各証の成立は認める。

二  被控訴人

1  乙第一ないし第九号証(第一〇号証は欠番)、第一一ないし第一五号証、第一六、第一七号証の各一、二を提出。

2  原審証人庄司栄、同矢崎茂、同上條晃一の各証言を援用。

3  甲第四号証、第五号証の一ないし七の成立(第四号証については原本の存在とも)は知らない。その余の甲号各証の成立は認める。

理由

一  請求の原因1の事実は当時者間に争いがない。

二  よって、本件各更正に係る控訴人主張の各違法事由につき検討する。

1  まず、控訴人は更正通知書に更正理由の附記を欠くから本件各更正は違法であると主張する。

本件各更正に係る更正通知書に更正の理由が附記されていなかったこと、また控訴人はかねて被控訴人により申告書を青色の申告書により提出することの承認を受けていたが、被控訴人が昭和四四年七月一八日付をもって本件各事業年度につき青色申告承認の取消処分をしたこと、右取消処分の通知書には、取消理由として「法人税法第一二七条第一項第三号に掲げる事実に該当すること」とのみ記載されていたことは、当事者間に争いがない。

控訴人は、右のように通知書に取消処分の基因となった具体的事実が明示されていない場合、右取消処分は重大明白な瑕疵があり無効であると主張するが、右通知書に取消処分の基因となった具体的事実の明示を欠いた瑕疵ということはできず、単に取消理由に止まるものと解せられる。

してみれば、右取消処分により本件各事業年度の青色申告の承認は取り消された結果、控訴人提出に係る本件各事業年度の確定申告書は青色申告書以外の申告書とみなされるから、その更正に係る更正通知書に理由を附記する必要はないというべきで、控訴人の主張は理由がない。

2  次に、控訴人は、本件各更正には所得金額を過大に認定した違法があると主張する。

(一)  本件各事業年度においる控訴人主張の貸倒金の発生の有無

(1) 昭和四〇年八月期における日東工業及び坂井鉄工所に対する貸付を前提とする貸倒れについて

控訴人の主張する昭和四〇年八月期における金一三〇〇万円の貸付を、被控訴人が控訴人の坂井康亨に対する貸付と認定していることは、当事者間に争いがない。

控訴人代表者は、その原審及び当審における本人尋問に対し、右は控訴人が日東工業及び坂井鉄工所に対し貸付けたものである旨を供述する。

しかしながら、成立に争いのない乙第一ないし第六号証、原審証人庄司栄、同坂井善一、同矢崎茂の各証言、原審及び当審における控訴人代表者本人尋問の結果(右各尋問結果のうち後記措信しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、

控訴人は昭和三九年二月に設立された金属製品製造及びこれに附帯する一切の事業を目的とする株式会社で日立の下請会社として営業を行なって来ており(控訴人の事業目的及び日立の下請会社であることは当事者間に争いがない。)、金融を目的とする会社ではないこと、日東工業は控訴人の代表取締役坂井康亨の妻の兄高橋進が、坂井鉄工所は右坂井康亨の実兄坂井善一がそれぞれ創立し、代表者としてその経営に当たってきた株式会社であるが、右両社はいずれも資本的には控訴人とかかわりはなく、また右両社も日立の下請会社であるが、いずれも控訴人とは親工場を異にし受注によって生産する主な製品も異なっており、控訴人において経営不振の日東工業を援助する意味で若干の発注をしたことがあるほかは、右両社との取引関係もほとんどないこと、したがって、右両社の経営不振、倒産が直接に控訴人に影響を及ぼす関係はないこと、しかし右坂井康亨は、昭和三一年ころ控訴人の前身である個人経営の泉製作所の経営を開始したものであるところ、それに先立ち坂井鉄工所で仕事を覚え、また右経営開始に当たっては、坂井鉄工所から熟練の従業員を出してもらい、日東工業から機械類を譲り受けたり、日立の下請工場となるについて高橋進の尽力を得るなど世話になったこと、日東工業は昭和三七年ころから業績不振となり、坂井康亨に融資を要請することがあるようになり、昭和三八年以降は極度に業績が悪化し、同年末には坂井康亨が越年資金の融資をもしたこと、坂井鉄工所もそのころから営業不振となったこと、控訴人の昭和四〇年八月期において右両社から数回にわたり坂井康亨に対し融資の要請があり、坂井康亨は前記旧恩に報いるという道義心から、また親類を援助するという意味で、法人たる控訴人として貸付けるのか、坂井康亨個人として貸付けるのか深く意識することなく、控訴人の簿外資金から数回にわたり控訴人主張の貸付をしたものであること、右貸付については控訴人の帳簿に全く記載されていないし、当時控訴人の経理課長として経理関係を担当していた神永英雄は右貸付の事実を知らされていなかったこと、また右貸付について日東工業及び坂井鉄工所から借用証が差し入れられたこともなく、坂井鉄工所から借用証がわりに約束手形が振り出されたことがあるが、その受取人は坂井康亨個人となっていたこと、さらに右貸付については利息、返済期限も定められず、担保も差し入れられたことはなく、貸付の日時、回数も不明確であること

がそれぞれ認められ、原審及び当審における控訴人代表者本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は、右各尋問結果以外の前掲各証拠に照らし措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

以上の事実関係からすれば、控訴人主張の一三〇〇万円の貸付は、控訴人の代表取締役坂井康亨が借受人である右両社に対し坂井康亨個人宛に返還させることとして、すなわち控訴人の資金を流用して坂井康亨個人の資格において行なったものと推認すべく、これを控訴人として貸付けたものとする控訴人代表者本人の前記尋問結果は到底採用できないし、他に右推認を覆えすに足りる証拠はない。

なお、前掲乙第三号証並びに原審及び当審における控訴人代表者本人尋問の結果によれば、昭和三八年一二月末日立の日立工場幹部が坂井康亨方に来訪し、同人に対し日東工業への融資を要請し、また昭和三九年五、六月ころにも右幹部から同様の要請があったというのであるが、仮にそのような事実があったとしても、前記認定の各事実に照らせば、右貸付が控訴人の資金の私的流用であるとする前記認定を左右するに足りない。

してみると、坂井康亨の右行為は、取締役の忠実義務(商法第二五四条ノ二)に違背し、その当時控訴人は同法第二六六条第一項第五号により坂井康亨に対し流用額と同額の損害賠償請求権を取得したもので、被控訴人が控訴人の所得金額を算出するに当たり、右流用額を流用の行なわれた事業年度における坂井康亨に対する貸付金として資産勘定に計上したことは、結局正当で、これが日東工業及び坂井鉄工所の倒産により貸倒金となるいわれはない。

(2) 控訴人が日東工業の田中康嗣からの借入金を弁済したことにより取得したとする求償債権の貸倒れについて

控訴人の主張する昭和四一年八月期における金三八一万〇九六四円の、昭和四二年八月期における金一六九万六四四二円の田中康嗣に対する各弁済を、被控訴人が控訴人の坂井康亨に対する貸付と認定していることは、当事者間に争いがない。

前掲乙第二号証及び原審における控訴人代表者本人尋問の結果によれば、日東工業が田中康嗣からの借入金元利五〇〇万円を弁済期に弁済できなかったことから、昭和三九年九月ころ田中康嗣は控訴人の代表取締役坂井康亨に対し控訴人が法人として右日東工業の債務を保証することを要求し、右坂井康亨はこれを承諾して日東工業がその支払のために振り出した約束手形に控訴人名義で裏書したことが認められ、右乙号証によれば、その際坂井康亨としては控訴人として保証した気持はなかったというのであるが、代表取締役である坂井康亨が控訴人として保証する旨を承諾した以上、相手方がその真意を知り又はこれを知ることを得べかりし特段の事情の認められない本件においては、これを坂井康亨個人としての保証契約ということはできず、控訴人として保証契約を締結したものというべきである。そして、日東工業が昭和四〇年九月倒産し、無資力となったことは当事者間に争いがなく、右のように保証契約は控訴人として締結したものである事実に右各証拠及び弁論の全趣旨を併せれば、控訴人は右保証債務の弁済として本件各事業年度にそれぞれの主張の金員を田中康嗣に支払ったことが認められる。

してみれば、右弁済により控訴人は日東工業に対し同額の求償債権を取得し、前記倒産により右弁済と同時に同額の貸倒金を生じたものというべきである。

(3) 控訴人が坂井鉄工所の松山某に対する債務を弁済したことにより取得したとする求償債権の貸倒れについて

控訴人の主張する昭和四一年八月期における金七〇万円の松山某に対する弁済を、被控訴人が控訴人の坂井康亨に対する貸付と認定していることは当事者間に争いがない。

坂井鉄工所が昭和四一年一月倒産したことは当事者間に争いがなく、原審証人坂井善一の証言のうちには、右倒産後控訴人において坂井鉄工所の松山某に対する借金七〇万円を弁済した旨の証言がある。しかしながら、右証言及び前掲乙第二号証によれば、右松山は坂井鉄工所の代表者坂井善一が行方を晦まして後、坂井康亨がその弟であるということだけで、同人に対し強く弁済を要求し、その結果右弁済がされたことが認められ、控訴人が坂井鉄工所の右債務を保証していた事実を認めるべき証拠はない。これら事実と前記(1)に認定の各事実とを併せれば、右弁済は控訴人の代表取締役坂井康亨が控訴人の資金を私的に流用して行なったものといわざるを得ず、控訴人としてしたとする前記証言は採用できない。

してみると、坂井康亨の右所為は、取締役の忠実義務に違背し、その当時控訴人は商法第二六六条第一項第五号により坂井康亨に対し流用額と同額の損害賠償請求権を取得したもので、被控訴人が控訴人の右事業年度の所得金額を算出するに当たり、これを坂井康亨に対する債権として資産勘定に計上していることは、結局正当で、これが坂井鉄工所の倒産により貸倒れとなるいわれはない。

(二)  前記(一)の(2)の貸倒金の発生に伴う坂井康亨に対する損害賠償請求権の発生

前記(一)の(1)に認定の各事実並びに前掲乙第四号証及び原審における控訴人代表者本人尋問の結果によって認められるところの坂井康亨は昭和三九年三月以降同年一〇月まで日東工業の取締役の職にあり、前記(一)の(2)に認定の保証をした当時、同社の業績が悪化していることを熟知していたこと、したがって保証債務の履行によって取得する求償債権は回収不能となることを予見し又は予見し得べきであったといわねばならないことからすれば、坂井康亨が控訴人の代表取締役として右保証をしたことは、取締役の忠実義務に違背し、前記(一)の(2)の貸倒金の発生により控訴人に損失を負わせたのであるから、控訴人は坂井康亨に対し右貸倒金と同額の損害賠償請求権を取得したといわねばならない。

したがって、控訴人の本件各事業年度の所得金額を算出するに当たっては、前記(一)の(2)の貸倒金を損失として計上すると同時に、坂井康亨に対する損害賠償請求権が発生したことによる同額の益金を計上すべきものである。

(三)  総株主の同意の有無

控訴人は控訴人会社の実質的な総株主は坂井康亨一名のみであり、本件保証ないし弁済は総株主の同意のもとになされたから坂井康亨に控訴人に対する損害賠償責任はない旨を主張するので、この点につき検討する。当審における控訴人代表者本人尋問の結果ならびにこれにより真正に成立したと認められる甲第五号証の一ないし七によれば、控訴人会社の実質的な株主は坂井康亨一名であると認められるかのようであるが、右はいずれも供述又はこれに代る書面であって客観的証拠ということはできないし、一方成立に争いのない乙第一七号証の一、二、原審ならびに当審における控訴人代表者本人尋問の結果を総合すると、本件保証及び弁済のなされた昭和四〇年から同四二年ころにかけて、坂井康亨の妻すみ、父善作はいずれも控訴人会社の取締役であり、実際に控訴人会社の経営に参画していたこと、右両名はそのころそれぞれ三〇〇株、一〇〇株の控訴人会社株式を有する旨株主名簿に記載されていたことを認めることができ、これらの事実に照らすときは、少くとも右すみ、善作名義の株式に関する限り、控訴人の主張に副う前記の各証拠はにわかに措信できず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はないから、結局控訴人の右主張はその前提においてすでに失当といわねばならない。また右すみ、善作を含む総株主が代表取締役坂井康亨に対し、本件弁済に伴う会社資金の流用あるいは保証につき事前の同意または事後における坂井の控訴人会社に対する損害賠償責任の免除についての同意を与えたことについてはなんらの主張立証がない。

(四)  してみれば本件各更正には、控訴人の主張する所得金額過大認定の違法はないといわねばならない。

三  以上のとおり、本件各更正には控訴人主張の違法はなく、控訴人の本訴請求は理由がないから、これを棄却した原判決は相当で、本件控訴は理由がない。よって、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石川義夫 裁判官 三好達 裁判官 柴田保幸)

(一) 昭和四一年八月期分

〈省略〉

(二) 昭和四二年八月期分

〈省略〉

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